2019年末段階において、地球周回軌道上をまわる人工物体(光学・電波観測によって追跡されている約5cm以上のもの)の総数は29000個(計12000トン)近くにのぼっていた。
とくに深刻な問題は、それら相互の衝突によりさらに数が増していくことだった。
2013年9月11日に起こった国際宇宙ステーションへの衝突では、さいわい、乗員が実験モジュール内で作業を行っていなかったため人的被害を免れたものの、
観測にかからなかった1cmをこえるなんらかの物体(のちの調査でロケットの破片であることが判明)が実験モジュールを使用不可能になるほど破壊した。
この事故を機に、NASAは超軽量のSO2エアロゲル・シールドの開発を早めた。
4年後には従来のホイップル・バンパーに代わり、国際宇宙ステーションの防護壁として採用されることになる。
近年の打ち上げロケットでは、軌道上に乗ったあと、爆発の原因となる残存燃料を排出したり、使用済み衛星が軌道上に長く留まらないよう、軌道を降下させて大気圏に突入させるなど、国連のガイドラインに沿った設計が一般的となった。しかし、すでに軌道上にある膨大な数の物体は、宇宙開発の大きな障害となっており、これら「軌道上の不用物体」を取り除く効果的な方法が求められていた。アメリカは、軍事用に配備された移動型高エネルギーレーザー(MHEL)を使って「軌道上の不用物体」のうち、5cmに満たない比較的小さなものを消滅させる実験を2020年に3回行っているが、かえって粉砕破片が増えることがわかり、その後の実験は行われていない。
そのようななかで、21世紀初期に設立された衛星メンテナンス各社の活動が注目されている。
なかでも、バンクーバーに本社を置く「サテライト・エクステンション・サービス」やインド南部、バンガロールの「サテライト・リカヴァリー・アライアンス」では、自社の小型衛星を、静止軌道上にある燃料切れ(他の機能は正常な)衛星の噴射ノズルにドッキングさせ、衛星の姿勢制御・高度制御を代行するという業務により、急速に業績を伸ばしている。
21世紀に入り中国との自由貿易協定をはじめ多面的な関係改善を進めたインドは、技術面での人材交流にも積極的に取り組んでおり、「アライアンス」にも多くの中国人技術者が参加している。
対する「サテライト・エクステンション・サービス」では、高度数百kmにある「不用物体」の除去という新たなサービスを始めた。「サテライト・シュート」とよばれる小型衛星は、目的の軌道に達すると強靱で巨大な膜を展開する。やがて膜の一部で不用物体を包み込む。
広がった膜の大気抵抗によって軌道減衰が進み、やがて大気圏に突入する。
2020年代に入り、「アライアンス」は、高度800km前後にある不用物体の約17%の除去に成功している。
「サテライト・エクステンション・サービス」が世界にその名を知られるきっかけとなったのは、ヴァンガード1号回収計画に名乗りをあげたことだった。
1958年3月、アメリカ史上2番目の人工衛星となった「ヴァンガード1号」は、ロシアの衛星に比べ「グレープフルーツサイズ」といわれる大きさであったものの、世界初の太陽電池搭載衛星であり、その軌道解析からは、地球の形状がいわゆる「西洋なし型」にゆがんでいる事実が明らかになった。
打ち上げから60周年を迎えた2018年においても、「ヴァンガード1号」は当時とあまり変わらない軌道高度を回り続けていた。地球を236500周以上まわり、その飛行距離は太陽−地球間の85倍を上回っていた。
1964年に送信はストップしていたものの、最古の人工衛星として、なおも数百年にわたり周回軌道にとどまるはずであった。
その運命を変えたのが「サテライト・エクステンション・サービス」であった。
衛星を所有する合衆国政府と回収計画に合意した同社は、通信衛星打ち上げ時の便乗貨物として、イオンエンジン搭載のロボット衛星「サテライト・シュート」を軌道に乗せた。2年2ヶ月かけて軌道を修正したロボット衛星は、高度650kmで「ヴァンガード1号」へ接近。
打ち上げ60周年のまさにその日、2018年3月17日に捕獲に成功した。
その後、「サテライト・シュート」は巨大な膜を展開して「ヴァンガード1号」全体を包み込んだ。膜全体の受ける大気抵抗によってヴァンガードの軌道減衰が1000倍も増加。3ヵ月後には高度約350kmの円軌道に達した。この段階で2つ目の「サテライト・シュート」が接近し、「ヴァンガード1号」を膜から切り離し、バルーン方式の耐熱カプセルに収納した。
「サテライト・シュート」の推進システムは、「ヴァンガード1号」を南太平洋無人海域への落下へと誘導し、カプセルの標識信号を頼りに救難回収艇がオレンジ色のカプセルを引きあげた。
5ヶ月近い検査の結果、長く宇宙環境にさらされた機体には、0.5mm以上の衝突跡が20万個以上見つかった。
衝突物体のほとんどがアルミニウムとその酸化物であった。
同年12月には、ワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館1階にある「宇宙競争」のセクションに、
「60年地球をまわったヴァンガード1号」として展示され、宇宙開発黎明期を語るその姿をひとめ見ようと、
多くの見学者が訪れている。